2008年07月04日

ハシヤン観察記 95 みんな反対、みんな不信

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ハシヤン大阪府知事の予算案に大阪府議会の全会派が反対。これに対し、ハシヤンは今のところハッタリかもしれませんが、抵抗中。

また国政転出否定発言については、当然のことながら、ハシヤンのいうことだからということで、だれも信じてくれないという早速の「副作用」が発生中。
posted by カキシャン at 03:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハシヤン観察記 94 大阪府人事委員会の意見書ー涼しい観点からはこんなところでしょう 

橋下知事どうする?「府職員の給与カットは遺憾」と府人事委が意見
2008.7.3 12:14


 大阪府人事委員会が、橋下徹知事が打ち出した府職員の給与カットなどが盛り込まれた条例案について、初任給の減額と退職手当の削減に反対する意見を出したことが3日、分かった。

 地方公務員法に基づき府議会から意見を求められたもので、給与カットを「長期にわたる抑制に加え、大幅な削減が行われることは遺憾」としたが、「深刻な財政状況を考えると、緊急避難措置としてはやむを得ない」と位置づけた。

 ただし、初任給については「減額を見合わせるべき」とし、職員給与についても「減額幅の圧縮を望む」との意見を付けた。

 都道府県で初となる5%カットの方針が示されている退職手当に関しては「公民の別を問わず、労働者の期待が極めて高い労働条件であり、民間では退職金削減の適否が厳しく問われた事例が見られることから、慎重に対応すべきと考える」としている。

 職員の給与を改定する際は、同法に基づき、人事委員会が議会に意見を提出する手続きが定められているが、意見に法的拘束力はない。
posted by カキシャン at 03:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハシヤン観察記 93 嘘の記録

橋下知事、役者と同舟
初夏恒例「船乗り込み」

  歌舞伎役者が船で川を巡る初夏の風物詩「船乗り込み」が1日、大阪市中心部で行われ、片岡仁左衛門さん、尾上菊五郎さんら人気役者に交じり、橋下徹大阪府知事も乗船した。船乗り込みは、大阪松竹座の「七月大歌舞伎」に先駆けて行われる恒例行事。

 府議会初日を終えて駆け付けた橋下知事が「“文化の壊し屋”と呼ばれているが、そんなことはない。歌舞伎は、大阪に不可欠の文化です」とあいさつ。人間国宝の坂田藤十郎さんによる手締めの後、浴衣姿の出演者16人と橋下知事らは、のぼりやちょうちんを掲げた8隻の船に分乗した。

 京阪天満橋駅に隣接する八軒家浜の船着き場を出発。約1時間かけて市内の川を進んだ。大阪・ミナミの松竹座に近い道頓堀川に到着すると、川岸に集まった約3000人が「松嶋屋!」などの掛け声や拍手で出迎えた。

 七月大歌舞伎は7月5日から29日まで。(共同通信)



歌舞伎の重要な源流である能・狂言をハシヤンは、「変質者の技」と言っていますから、人を瞞着した証拠として記録しておきます。
posted by カキシャン at 02:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月02日

完勝 I 読売は、内容的に集団的安全保障を承認

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本日の読売朝刊の社説において、読売は、PKOに派遣する自衛隊員の任務を正面任務に、また武器使用基準を国際的なものにすることを公然と認めるよう主張しています。

これは、集団的安全保障を承認したことと同じことになります。

あとは、集団的安全保障を正面から認め、集団的自衛権とともにこれらは、憲法9条の内容をなすものであることを正式に認めれば最もすっきりしたかたちになります。

そのとききっと気づかれるでしょう、なんとこれは国連憲章の定める安全保障の姿だ、と。

そうだからこそ、我が国は、この理論を承認した以降は、国際法、国連憲章に忠実な、普通の国になり、堂々と国連の常任理事国入りをすることができ、無差別大量虐殺の兵器たる核をもたないでも十分に国際社会で名誉ある地位を確保することができるようになるのです。
posted by カキシャン at 19:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月30日

完勝 H 安全保障懇談会の提言は自民党の破壊案

安全保障懇談会の提言は、現行憲法解釈上、集団的自衛権も集団的安全保障も認められるというものです。

一方、自民党の憲法改正草案(後に引用)では、集団的自衛権と国連による集団的安全保障を認め、武力行使を容認しています。これは、自民党の現行憲法解釈上は、これらを否定してきたものです。

自民党の結党の原点は、憲法9条の改正であり、個別的自衛権、集団的自衛権、集団的安全保障を憲法上明記させ、これを担う自衛隊の存在を憲法上認めることにありました。

そのために、長年月を費やして、やっとこのような憲法改正草案作成に至ったのです。

ところが、安全保障懇談会は、こうした自民党の悲願と努力を笑い飛ばすかのように、現行憲法の解釈変更さえすれば、自民党の結党の原点を実現できる、と天下に公表したわけです。

これはすなわち、結党目的に憲法改正を据えた自民党が、最初から間違っていたということを指摘したことと同じことになります。

しかもこうした自民党の破壊が、自民党が歓呼をもって選出したあの安部総理のイニシアティブによってもたらされたという悲喜劇を伴っているというおまけつきなのです。

次期選挙で小沢民主党政権が生まれ、民主党の安全保障政策どおり、即ち安全保障懇談会のこの提言通りのことが実行された場合、それはすなわち自民党に対する死刑宣告になります。

自民党は、結党の原点の過ちを政府解釈変更で公認されたことになりますから、もはや存続は無理です。解党し、新しい政党を作るほかなくなるでしょう。

そのときは、新自由民主党では駄目ですよ。経済自由主義主軸の自由党であるべきです。

国権主義的傾向では、中川昭一さん、経済自由主義重視傾向では、中川秀直さん、というところが中核となるんでしょうか?

   自民党憲法改正草案(たたき台)原文


     略

第四章 平和主義及び国際協調
* 本章では、憲法目的としての「平和主義(及び国際協調)」を定め、これを担保する手段という観点から、第八章では、「国家緊急事態・自衛軍」について定めている。すなわち、崇高な理想もそれを実現するにふさわしい制度と実力を背景にして初めてその意義を有するものであることを、明確にしようとしたものである。一般に同一の議論の中で言及されることの多い「平和主義」と「自衛軍」について同じ章の中で規定しないのは、このような論理的関係を明らかにするとともに、人権保障(第三章)と国民主権の統治機構(第五章等)との論理的関係と同様のものであることにもならったものである。



  第一節 平和主義
1.国際平和への寄与
・ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、全世界の国民がひとしく貧困、環境破壊、薬物、国際組織犯罪、感染症、紛争、難民流出、対人地雷等の社会構造的な災禍から免れ、尊厳を維持した人間として創造的で価値ある人生を生きる権利を有することを確認するものとすること。
* 現行憲法の定める平和主義を更に発展させて、小渕内閣の主導し、国際的にも定着しつつある「人間の安全保障」の基本的な考え方を規定したもの。



2.戦争の放棄と武力行使の謙抑性
・ 日本国民は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄すること。
・ 日本国民は、自衛または国際貢献のために武力の行使をともなう活動を行う場合であっても、それは平和的な手段によっては問題の解決を図ることが困難な場合であって、武力の行使は究極かつ最終の手段であり、必要かつ最小限の範囲内で行わなければならないことを深く自覚しなければならないことを定めるものとすること。
・ 武力の行使を伴う活動を行う場合については、事前(緊急を要する場合には事後)の国会の承認を要するものとし、その手続き及び当該活動の基準・制限その他必要な事項については、前項の趣旨に基づいて、法律で定めるものとすること。
* 第一段落は、1項の「侵略戦争の放棄」を定めたもの。したがって、この第一段落によっては、「自衛(これには、当然に、個別的・集団的自衛の両者が含まれる)や「国際貢献(国際平和の維持・創出)」のための武力行使は、禁止されておらず、容認されることになる。第2段落では、このことを前提にして、その場合であっても、武力の行使は平和的手段が尽きた最終・究極の手段であり、さらには、必要最小限の範囲内で行われなければならないことを、規定したものである。また、第3段落は、安全保障基本法(及び国際貢献基本法)の中で、国会承認その他の具体的手続き等を定めることを義務付けており、そこでは、武力行使の手続き・基準のみならず、武器使用基準などについても、規定されることになろう。
* 以上の説明を踏まえて本条項の趣旨を端的に説明すれば、本条項は、いわゆる「制限された(集団的)自衛権を認める」という立場にたつことを明確にした規定であるということが出来る。



3.大量破壊兵器の廃絶及び非核三原則
・ 日本国民は、非人道的な無差別大量破壊兵器が世界から廃絶されることを希求し、自らはこのような兵器を製造せず、保有せず、及び持ち込ませないものとすること。
・ 上記のことに加えて、日本国民は、唯一の被爆国として、核兵器については、特に、これを製造せず、保有せず、及び持ち込ませないものとすること。
* 上記2と同様に、平和愛好国家としての我が国が率先して「大量破壊兵器の廃絶」に向けた努力をすることを、憲法レベルで規定しようとしたもの。第2段落は、事柄としては、第一段落に含まれているということも出来るが、唯一の被爆国としての我が国の「歴史」を風化させないためにも、国是としての「非核三原則」を特記したものである(表現ぶりについては、やや整理が必要か)。



  第二節 国際協調
1.国際法の国内法的効力
・ 我が国が締結した条約及び確立された国際法規は、法律に優先し、日本国内に居住するものに対して、直接に権利及び義務を生じさせることを明らかにすること。
* 解釈にゆだねられている「条約と法律」の関係について、各国の憲法規定にならって、明確に規定しようとしたもの。



2.国際活動への積極的参加
・ 我が国は、確立された国際的機構の活動その他の国際の平和と安全の維持及び回復ならびに人道的支援のための国際的な共同活動に、積極的に参加するものとすること。
* 読売私案を参考にした規定である。「確立した国際的機構の活動」とは、現時点では国際連合によるものを念頭においているが、将来的にはそれにとどまるものではなくて、EUのような機関がアジアにも誕生するようなことがあれば、それもこれに含まれることになる。
もちろん、現時点でも、「その他の国際の平和と安全の維持・・・・・ための国際的な共同活動」とあるから、国連の活動に限定されているわけではない。


posted by カキシャン at 22:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月29日

全共闘運動の時は、過激マルクス主義、今同じだったら何をかいわんやですね。

40年前の全共闘運動参加者の現在に関するルポ特集において取材を受けていましたが、それが先日、産経の記事になりました。

「転向弁護士」という表題でしたが、学生過激マルキストが、40年後の今もそのまま続いているとしたら、それこそ博物館ものでしょ、と思いながら記事を読み返しています。

記事を読んだ妻子の評判は上々でしたので、取材に応じた価値はありました。


【さらば革命的世代】(8)ムラの弁護士の転向論
2008.6.26 20:54

このニューストピックス:さらば革命的世代

東大全共闘と機動隊の攻防戦で炎が上がる安田講堂前=昭和44年1月19日、東京大学 ■「左」から「右」へ

 全国で「村」にある弁護士事務所はわずか3件。そのうちの1件が奈良県明日香村にある飛鳥京法律事務所だ。

 ここで一人、孤塁を守る弁護士の松原脩雄さん(63)は東大全共闘の元闘士だった。

 昭和44年1月の安田講堂攻防戦で凶器準備集合罪などで逮捕、起訴された一人でもある。

 「塀の中に入った人の気持ちが分かる」という異色の弁護士だが、還暦を過ぎた今の思想を尋ねると「どちらかといえば右」と答えた。

 「考え方が変わったということ。つまり転向です。伝統的保守を大事にする民主主義に落ち着きました」

 消費税の是非が問われた平成2年の衆院選では、当時の土井たか子委員長のもと、請われて社会党から出馬し、衆院議員を1期務めた。

 ただ、同党の非現実路線にはすでについていけず、政権交代能力のある政党に変えようと自衛隊や原発容認論などに取り組んだ。

 最終的に社会主義や共産主義と決別するきっかけになったのは翌年のソビエト連邦の崩壊だった。

 「マルクス主義の世界観が完全に終わった」と思った。

 全共闘世代で、松原さんのように堂々と「転向」を口にする人は、むしろ少数派だ。

 転向という言葉に後ろ暗い意味合いを持たせ、自らの過去や思想の移り変わりをはっきりと語らない人も多い。

 若かりし日には、なぜ運動をするのかと問われ「ベトナム戦争」「大学解体」と明快に答えた人たちも、運動から離れた理由については口をつぐんでしまう。

 松原さんは、選挙戦でも運動歴を隠さなかった。

 「昔で言うところのゲバ学生でした」と演説などで公言し、弁護士事務所のホームページのプロフィルにも「逮捕歴」が記されている。

 過去を隠すつもりはないのは「徹底的に体を張ってやった」「完全燃焼した」からだという

■あえて火中の栗を拾う

 大阪府立大手前高校から昭和39年に東大進学。

 中学、高校はラグビー少年だったが、入学直後から新左翼セクトに入り、マルクスを読みふけった。

 逮捕歴は5回、留年は3回にのぼった。

 安田講堂事件では、その年の夏まで勾留されたが完全黙秘で執行猶予判決を受けた。

 何も知らずに警察に呼び出された母親は、逮捕歴の数に驚いたという。

 「僕は体育会系ですから、デモでもストライキでも、理論より身体を張ることが大事だと思った。自らが当事者になることで、権力に対する怒りに震え、機動隊に殴られて痛みを知る。それをやることで人間は変わる」

 実は松原さんは、落城直前の安田講堂にあえて飛び込んでいる。

 当時、すでに運動の一線を離れていたが、「同志が体を張っているのに、何もしなければ一生後悔する」と思ったからだ。

 率先して火中の栗を拾った行動に周囲は驚いた。

 一方で、途中で逃げ出したり、運動の中枢に飛び込めなかったメンバーの中には、いまだ不完全燃焼の思いを抱き、コンプレックスを抱く人もいるという。

 ただ、松原さんが現在のように「きっぱり」と過去を総括できたのは、その後の弁護士や代議士としての成功体験が大きいからではないか。

 当時の運動経験者の中には就職もままならず、社会から身を隠しながら、過去に目をつぶって生きてきた人もいるからだ。

 松原さんは「そうかもしれません」と否定しなかった。

 その上で、「みなそれぞれ、人生の分かれ目のようなものがあったのだと思う。結果論ですが、私は、何とかうまくいくように自分を変えてきたのだと思う」と話した。

■あの時代に戻れたら

 弁護士ゼロの明日香村に事務所を構えたのは昨年3月。

 全共闘時代の「大衆とともに生きる」という思想と「日本の伝統文化の源流の地」という、いわば「左」と「右」2つの理由からだった。

 村の弁護士として活動は地域密着型で、村民の相談には安価で応じる。

 一方で息長く続けるため、村民同士の係争は受け付けないとも決めている。

 以前に、弁護士仲間と同じ奈良県内で事務所を開いたときには、「貧しい人のために」と積極的に国選弁護人を引き受けながらも、「思想的な壁にぶつかった」。

 どちらが勝訴するにせよ、司法という制度自体が国家に権力発動を促す行為だと感じたからという。

 「今にして思えば、反権力や左翼のイデオロギーからはなかなか抜けきれなかったのだと思う。ただね、負けてしまった思想にいつまでもこだわらざるを得ないようになると、だれとも話が合わなくなる。逆に話ができる人がいたり、全共闘の同窓会というようなものがあったとしても絶対行かないですけどね」

 現在好きな作家は「日本人の伝統や生き方を考えさせられる司馬遼太郎」。

 好きな政治家は「自民党はダメなので小沢一郎」。

 築100年の古民家で、和服姿で六法を開く姿に「元左翼活動家」の面影は微塵(みじん)もないが、それでもかつての自分の行動が間違っていたとは決して思っていないという。

 むしろ「あの時代に戻れたら、また参加するかもしれない」とさえ言う。

 思想的には間違っていたとしても、あの運動自体は、若者たちが「私」ではなく「公」のために自己を犠牲にした闘いだったと強く思っているからだ。

 「僕は当時の学生たちの行動や勇気は歴史として語り継がれるべきだと思っている。この国がおかしくなったときに真っ先に声を上げなければならないのは次世代を担う学生たちだからだ。この先も自由で安全な社会が続くかどうかは分からない。再び学生が街頭で立ち上がらなくてはならない日がくるかもしれないのだ」

 現在、大学生になる息子たちには、そう訴えているという。
posted by カキシャン at 20:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

完勝 G 柳井安全保障懇談会座長の思いで  

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今回の安全保障懇談会の座長を務められ、最終提言の発表を推進されたと言われる柳井さんとは、カキシャンが社会党の代議士時代に衆議院の外務委員会で議論したことがあります(衆議院外務委員会議事録第7号、 平成3年3月13日)。

このときの議論の主題は、やはり国連憲章が定める集団的安全保障論でした。

柳井さんの答弁は、今回の提言の下敷きが既にこのころにはあったという感じが良くあらわています。よくぞ質問していただいた、というふうにさえかんじておりました。

カキシャンが外務委員に就任したのは、当選直後に土井社会党委員長に呼ばれて直接勧められたからです。

「外務委員をやっていても選挙の一票にもならないことが多いが、やりがいがあるし、私の外務委員の仕事の後を追うつもりでがんばってほしい」という趣旨のおはなしでした。

国家という独自の仕事領域の代表格である外交に取り組むことでしたから、すぐにお引き受けしました。

そして、しばらくして、当時外務省で国会対応の責任者であった柳井さんからも歓迎のお食事にさそわれたことがありました。

地元利益の還元が薄く、選挙の一票になることの少ない外務委員会には、なかなか「将来性のある若手議員」が就任してくれない、とこぼしておられました。

このときの会合で、私は、戦後の各国の安全保障に関する条約(日米安保を含む)が国際法に基づいて締結されていること、その国際法とは、国連憲章が基軸になっていることを初めて知り、正直いって驚きの嘆声をあげたことを思い出します。

その後、柳井さんは、アメリカ大使をお勤めになりました。

私が、外務省関係者で覚えている数少ない方のお一人の柳井さんと今回こういうことで再び接点が生じたことにつき、単なる偶然ではない、一期一会、因縁の妙を感じております。
posted by カキシャン at 11:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月28日

完勝F 憲法9条解釈論

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前掲「前社会党議員が、なぜ新・新党へいくのか」の冊子には、 「政権党をめざす安全保障政策確立のために」と題する論文が収録されています(50P〜76P)。

この論文は、カキシャンが社会党の代議士だったとき、党内改革派の1年生有志議員組織「AND」に対して正式に提案されたものです。

ここでは、今回の安全保障懇談会の提言で主張された、憲法9条が集団的安全保障を含んでいることを詳細に論述しています。

既に、本ブログ2006.10.15付けで掲載済みですが、改めて収録しておきます。

憲法9条解釈論としては、学説的にもユニークなものではないか、と思うのですが、今後この提言内容が政府見解となることが濃厚なのですから、安全保障懇談会のように「憲法9条の解釈を現下の国際情勢に合わせる」という必要性論だけでは、説得力は弱く、やはり憲法原理論として解釈論を確立しておかなければならない、ということからすれば、このような見解しかなかろうと自負しています。

「 1991.6.5
政権党をめざす安全保障政策確立のために

    -安保・自衛隊政策に関する政策的分岐点−
     
       AND安保・自衛隊政策小委員会に提出された案

1.中東湾岸問題に関する活動はいかに総括されたか
わが党の安全保障政策、安保・自衛隊見直しの直接的契機をもたらしたのは、いうまでもなく中東湾岸問題に関する党の政策と活動に関する党内外の批判である。党改革論議のなかで、党はこの政策と活動に関してどのような総括を行っているのだろうか。
去る5月15日の全国代表者会議に提出された党中東湾岸対策本部の『中東湾岸問題の活動の総括の視点』は、当然にも中東湾岸危機が「新たな世界秩序の形成に深刻な影響をあたえたとし、「わが国にも、わが党にも、かつてない試練をもたらした」との認識を示した。『しかし、政策上の問題については「中東湾岸問題の性格と平和解決の必要性のために日本と党がとるべき政策と行動について、情勢に即した、またはそれを先取りし、将を展望した政策や見解を打ち出していった。これは、党の経験としても画期的なものであった」として自画自賛するばかりである。
 そして問題点は「この政策を党組織、党員全休のものとして共有し、国民に知らせて理解を得る活動は、きわめて不十分だった」「党の政策をタイミングよく、強く印象づけることができなかった]「PKO協力体制づくりについてイニシアチブが発揮できず、『白公民合意』を許す結果となった」「党内においても様々な意見が出され、『国連平和協力法案』や自衛隊派遣問題での従来の党の立場ともちぐはくな印象を与えることになった」と指摘されている。
 要するに『総括』は、政策は情勢を先取りし将来を展望した誤りなき「画期的なもの」だったのであり、問題は政策についての党全体の理解不足、宣伝不足、国対における駆け引きの失敗、そした党内からの政策批判としれに代わる政策提言の様々な試みだったというのである。このような総括では、中東湾岸問題に関連する諸政策とその基礎となるいわゆる安保・自衛隊政策を見直し、問題点を掘り下げて、基本政策を転換する必要は一切ないというに等しい。そればかりか、党の政策に対する疑問や批判、積極的な代替案の提言
について、これに真摯に耳を傾け議論を深める態度は微塵もなく、逆にこれを敵視するかのような姿勢は、八九年に民衆によって政権から引きずり降ろされた東欧の「一枚岩の党」を彷彿とさせる。
 多元的価値観をもつ国民に開かれた党とは、「理念」や基本政策を含めて、タブーを設けず複数意見の権利を認めて、その存在と合意形成のプロセスを国民の前に明らかにする「透明な政治を行う党」であり、まず「党員に聞かれた党」がその前提条件である。『総括』はおよそ党改革の必要性を認めていないといっても過言ではない、
 現に『国際平和維持活動等に対する協力に関する法律案』が、PKOに関する党のこれまての『非軍事・文民」「国際的兵役拒否」のこの原則をそのまま踏襲して、この改革論議の最中の五月二九日にとりまとめられたという事実が、異論反論や代替案の無視、政策内容不問、基本政策不変の総括の基本姿勢を端的に物語っている。政党にとっての「解党的出直し]とはその根幹である基本理念の再考、基本政策の転換である。『総括』は、基本政策を見直して「大胆な議論」をしてはみるが 転換はせず、人事と機構の・手直しのみにおわる「社会党固有の解党的出直し」を示唆している,

2.基本政策の転換は何故必要なのか
 
 八九年「東欧民主革命」を起点とするソ遠・東欧の激動は、わが党の外交・防衛政策に大きな影響を及ぼして来た社会主義国の「神話」を完全に瓦解させた。
それと同時に、ソ遠・東欧における急進民主主義・改革勢力と旧共産党・保守勢力との対峙、民族対立の激化、発展途上国などにおける地域紛争や地域覇権主義の台頭など、戦後冷戦体制崩壊のプロセスにおける国際秩序再編の行方は不確実性、不安定注を深めている。
 このような激動する世界情勢の下、欧米各国は新しい国際秩序の構築を日指して、国連の機能強化と積極活用、欧州や中東の地域集団安全保障体制の構築、軍事同盟の機能見直しと再編、地域覇権主義の軍事的脅威抑制のための新しい軍備管理・軍縮の枠組みの構築
などについて独自のビジョンを提起し、国連憲章に結実した国際秩序規範の擁護のためにその役割の一端を担おうとしている。
 しかし、もとより各国はその独自の国益と国戦略に基づいて新秩序構想を打ち出しているのであって、国連にあらかじめ国連憲章の規範を実現する普遍的秩序構想があるわけではない。国連憲章の規範の順守を強制する意志とそれを支える軍事力を有する唯一の大国
は現時点では米国であり、近年の国家間の力関係の相対的な変化がパックス・アメリカ−ナナからバックス・ユナイテッド・ネイションズヘの転換を直接的に意味するわけでもない。
 今回の中東湾岸紛争において、米国は国連を通じて東西諸国の政治的・道義的支持と資金と補完的な軍事力を動員することによって、死活的利害にかかわる地域覇権主義の抑止、地域紛争への積極的介入という九〇年代の新たな世界戦略を遂行した。中東湾岸紛争に参
加した諸国は国連憲章の国際秩序規範を維持するために、この国連の動員に応じることによって、米国の世界戦略を抑制し、新しい秩序構想に影響力を保持し、そこに参画しようとしたのである。いまや経済大国としてその行動が否応なく国際社会に大きなインパクト
を与える存在になったわが国は、与野党、官民の別なく敗戦国として半世紀近く許容された一方的な「平和の消費者」の立場から脱却し、「平和の生産者」として、国際的な平和維持と安全保障体制の構築のためにどのような国際秩序再編の構想をもち、どのように参画しょうとするのかを厳しく問われているのである。
 わが国憲法の指し示す国際社会の枠組みは、国連憲章の規範に基づく国際秩序であり、その維持、発展を目指して、国連の集団安全保障体制を強化するために「名誉ある地位を占める」ことは、憲法の要請するところである。また、重層的な経済発展段階、多様な社
会体制を擁するアジア.太平洋経済圏の一員として、欧米先進国を中心とした国際秩序構想に独自の視座を提示する責務がある。わが国はこうした観点から、安全保障理事会決議によって加盟各国に要請されたイラク盛大と戦後の中東地域の包括的な安全保障体制づくりを、可能な限り支援し積極的に参画すべきだったのであり、そのために国民含意の「共通の外交・防衛政策」が必要不可欠だったのである。
しかし、わが党はこのような日本の進路の見直し歴史的分岐点にあってなお、安保・防衛政蜜の「基本理念」である非同盟・中立・非武装の見直し・転換を回避した。
  この「基本理念」は、外交・防衛問題の局外に身を置こうとする敗戦直後の国民の願望にその基盤をもち、社会主義体制優位論、社会主義平和勢力論に立脚した『日本における社会主義の道』によって社会主義革命路線の重要な条件として定式化された。
だが、我が党は『道』に代わる新宣言にまでこれを持ち込み、八九年の「東欧民主革命」、昨年の中東湾岸紛争という国際情勢の激動と歴史的再編期にあっても、この「基本理念」の呪縛から自らを解き放つ努力を怠ってきた。
 そしてヽ中東湾岸紛争に際して、「非武装」=「絶対平和主義と中立」=「一国平和主義いに安住し、戦争と国際平和の問題から逃避し、「非軍事・文民」と「国際的兵役拒否」の原則を掲げて「情勢に即して、タイミングよく」政策を打ち出し、国対レベルにおいてもその原則に従った立場を貫き、その原則について国民にも十分に「理解」を得たのである。こうして、わが党は一基本理念一に基づいて、新しい国際秩序を形成するために求められている世界の平和維持と安全保障体制再編への参画を拒否することによって、国際
貢献策についての国民的合意形成を決定的に阻害したことを、深刻に総括しなければならない。一方、国際貢献の必要性についての国民意識は、経済大国にもかかわらず国際的責務を果たしていないとの批判のなかで高まり、中東湾岸紛争を契機に具体的な施策を求め
ていた。たとえば、中東湾岸紛争に対するわが国の対応については国民の四〇%が「手ぬるい」としていたとの数字もある(朝日新聞世論調査九一.二.一一)
 国際貢献の在り方については、「国連を通じた協カ」が六二・四%、「国連の枠にとらわれず独自に」するべきだという意見が二〇・四%あり、「国連を通じた協力」については、「国連の活動なら軍事も含めて協力すべき」が八・八%、「紛争地域に非軍事分野で協力」が四五・五%に連した。(総理府の「外交に関する世論調査」九〇・一〇)。望ましい分野については、「災害救援などの人道的活動」がL〇一匹%、「国連の停戦監視などの活動」が二五・一%、「多国籍軍などへの後方援助」が一八・五%、一武力行使を含む具体的協力」が四.六%で、自衛隊の活用に賛成が「やむをえない」との消極的賛成を含めて五三・二%という数字がでている(日経九一・二・一一9)。自衛隊の海外派遣については、「国連の平和維持軍などへの参加」というおおまかな問いに対して「賛成」は二二.四%だが、「一概には言えない」を合わせると四三・九%で、「反対」は四六・五%であった(総理府の「わが国の平和と安全に関する世論調査」八九・一)。
掃海艇派遣については六−七割が賛成している。

3 わが党なぜを対応を誤ったのか

 すでにみたように、中東湾岸紛争をめぐって「国連平和喩力を廃案にしたことは成果」であり、その後の対応のまずさが問題であった、といった総括なら基本政策の見直しは方針として提起されるはずはない。真の総括論議は闘争方針・党の基本スタンスをめぐって
行わなければならない。つまり、中東湾岸紛争に対する対応そのものの問題として捉えるべきである。その中からはじめて、基本政策‐安保・自衛隊政策の見直しの必要性と方向性が浮かび上がってくる。
 ここでは、わが党の過去の反戦論との関連において見直しの視点を提起したい。
 今回の中東湾岸紛争を総括するとき、欠かせないのは戦争の性格の変化についての視点である。わが国が戦後はじめて「参画」した戦争である朝鮮戦争は、共和国による計画・武力的な「民族解放戦争」であり、冷戦の本格化、アジアにおける顕在化を明らかにした。
 国連軍が創設されたが、それは、冷戦の一方の陣営であるソ速の参加しない(欠席)安全保障理事会の決定であり、事実上、北朝鮮、ソ連、中国韓国、米国、その他の西欧諸国との戦いであった。この戦争に際して党は、共和国による南進の非難を決議した。ついで、フランスに代わって米国が介入をはじめたベトナム戦争は、南ベトナムの広範な政治勢力と人民を結集した反植民地・民族解放の統一戦線勢力と南ベトナム政権の内戦であった。またそれは、冷戦下の南ベトナム民族解放戦線・北ベトナムと南ベトナム政権・米国の戦いであり、南北ベトナム人民による武力的民族解放戦争でもあった。党は、ベトナム内戦に対する米国の武力介入及び東西対立の一方の軍事ブロックヘの協力に反対した。
 ところで今回の中東湾岸戦争は、イラクのクウェート武力併合に対する国連の制裁、つまりソ連、中国の出席の下に拒否権の発動もなく行われた歴史的な安全保障理事会の決議に基づく多国籍軍の武力制裁であた。この戦争は、「ポスト冷戦]における国連の役割を浮上させ、国連を中心とした国際紛争の平和的、軍事的解決能力を問うたものにほかならない。国連の集団安全保障体制を重要な枠組みとする新国際秩序の模索が本格的に始まり、国連の機能強化に対する日本の態度が問われた戦争であった。
 しかし党は、心情的反戦闘争(絶対平和主義によるクウェートの放棄)の立場から出ず、従って、世界的な平和によってのみ確保される平和憲法の理念を実現する構想力をなくし、政権政党としての外交・防衛政策が歴史的に破綻したことを国民の前に見せつけ、失
望と不信を招いた。また党は、「東の一員」あるいは「局外者」としての反米闘争‐多国籍軍批判を繰り広げ、斬宣言の「西側の一員]論を捨て去った。かかる
党の対応は、外交問題において共同歩調をとるべき社会主義インター(社会主義インタの決議)の無視、一国的・野党的外交の無力となって表れると共に、国連を重要な枠組みとする新国際秩序の模索から外交的に脱落する結果となった。
 総じて、戦後冷戦体制崩壊過程の意味と、新国際秩序の模索のなかに中東湾岸戦争を位置づけることができず、従来の即時的、心情的反戦闘争のスタンスからの対応に終始したのである。これによって政権政党として安保・自衛隊を位置づけるチャンスを逸し、政権
交代可能な政党としての国民の期待を完全に裏切り、掃海艇派遣問題では何らかの枠組みも提起できず、野党としての存在意義すら問われたのである,

4 政権をめざす社会民主主義勢力の安全保障政策のフレームワークは何か

 政権党の安全保障政策は、新しい国際秩序の構想を示し、国際安全保障体制の再構築への参画のビジョンを明確なメッセージとして内外に発信するものでなければならない。そのためには国民合意の「外交・防衛政策」が必要不可欠である。そして、わが党が社会民
主主義勢力の総結集を政権獲得への一つのステップとする以上、社会民主主義政党の国際的結集組織である社会主義インターが提唱する安全保障政策の枠組みか、このビジョンの基本的フレームワークの一つとなる
 社会主義インターの安全保障政策の諸要素を結成以来の諸宣言、声明を中心にして抽出すれば以下のようになる。
第一に社会民主主義が護るべき価値として、@複数政党制による政治的民主主義を擁護する権利と義務、A自由選挙による複数の政治的選択肢の自由な選択、自由な国民の意思による平和的手段での政権交代、個人及び少数派集団の完全な権利保障、法律に基づく独
立した司法制度‐の四つの指標を充足する多元的な政治的民主主義の要求、B民族自決の尊重、C平和のための闘争と自由への闘争の一体性、D自由の下での
恒久平和の防衛‐に言及している、
 また、社会民主主義が対時する脅威として、E左右の全体主義(ファシズムなどの右翼全体主義と一党独裁の共産主義)、F 戦争の危険の直接的原因となる自由な国民の独立に対する侵害(国民の自由意思によって自らを権威づけられない独裁体制)、G南(発展途上諸国)における諸国間関係の軍事化(東西関係の緊張と同様の人類の将来にとっての脅威)との認識を示している。
 防衛・安全保障の手段・方法としては、H侵略を防止するものとしての攻撃に対する防衛力の保持、I一方的軍縮の否定たる「共通の安全保障」に基づく最低限の防衛兵器システムによる軍事的均衡、安定及び信頼醸成、NBC(核・化学・生物兵器の軍縮・軍縮管
理)の促進 J 同盟の役割の確認と総合的・非敵対的な地域集団安全保障システムの確立、K 国連の集団安全保障機能の強化、L 東欧・ソ連の民主化と民族自決への支持、社会民主主義への連帯、M 地球規模の社会義の達成による南(発展途上諸国)の社会的・経済的紛争要因の除去−などに言及している。もちろん、これらの複合的、重層的な安全保障システムや手法は、国際情勢の変化のなかでその重点や比重を変化させながら今日にいたっていることは言うまでもない,

5 憲法が指し示す安全保障の枠組みと国連中心主義とは何か 
 国民含意の「共通の外交・防衛政策」を確立するための、いま一つの国民的基盤をもつフレームワークは憲法である,。
 憲法の規定する国民主権・基本的人権・自由・平等などの国民の権利・義務は、社会主義インターが護るべきものとして掲げる多元的民主主義の基本価値と同一のものであることは多言を要しない。また、いうまでもなくわが国憲法は、戦前の軍国主義への歴史的反
省を原点としており、「専制と隷従、圧迫と偏狭の除去」をうたった憲法前文とあいまって、社会主義インターか対峙すべき脅威として指摘する左右の全体主義・独裁体制を全面的に否定する立場に貫かれている。
このように、憲法は護るべき基本的価値、対峙する脅威についてその多くの部分を社会主義インターのそれと共有している。
 そして、憲法は、このような基本的価値を護る安全保障の枠組みや防衛の手段・方法について、その前文と第九条によって、国連の一般的・統一的な集団安全保障体制と、その中にくみこまれた制約された自衛権の行使(憲法第五一条)を厳格に位置付けている。憲
法前文が日本の安全と生存を信託した国連の集団安全保障体制は、紛争の平和的解決と侵略に対する制裁措置のみならず、その枠組みの中に地域的集団安全保障
 (国連憲章第八章一地域的取り決め」)軍備管理・軍縮(国連憲章第二六条「軍備規制」)のコンセプトをも組み込んでおり、わが国憲法と社会主義インターの提起する安全保障の枠組み、手段と共通の基盤をもっていると言える。
 憲法と国連の集団安全保障体制との関連については、憲法制定過程や憲法前文の文言の起源によって明らかである。憲法制定を主導した総司令部は「国連の成立によって、すベての国家を拘束する基本的な政治道徳が高次の法として存在することが今や現実に認められるようになってきた」(民生局の憲法起草の検討記録)との認識の下に、「日本は、その防衛と保護を今や世界を動かしつつある崇高な理想にゆだねる」(マッカーサー ノート)ことを構想したのである。
 そうした国際秩序と情勢認識、安全保障構想を採り入れたわが国憲法は、まずその前文において「人間相瓦の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べ
て、国連の集団安全保障に自らの安全を信託する決意を明らかにした。そして、「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
他国と対等関係に立たうとする各国の責務であろうと信ずる」として、国連憲章に結実した普遍的な国際政治規範の順守を表明している。さらに、憲法前文は、わが国が国連憲章の規範の順守にとどまらず、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に
除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい」「国家の名誉にけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」としてヽ国連の集団安全保障体制の維持・発展と国連憲章の目的に掲げられた崇高な理想の達成への積極的な貢献をわが国の名誉をかけた責務として誓約したのである。

6.国連の到達点からいかに憲法第9条を位置づけるべきか
 戦後、国民合意の「共通の外交・防衛政策」の確立にとっての最大の障害は、憲法第九条の位置づけの問題であった。そして、中東湾岸紛争における国連の対イラク制裁措置要請、ベルシヤ湾への機雷掃海艇派遣問題、PKO協力法に関する対応は、国連の集団安全
保障と自衛権の位置付けをめぐって、わが党と他の政党の基本的スタンスに極めて大きな解離があることをあらためて国民の前に明らかにした。
 わが国は資源と市場を世界に依存し、自由貿易体制に基づく安定的な国際経済の発展に死活的な利害を有する経済大国であり、この国際環境の前提条件である国際平和の利益を最も多く享受する非軍事大国である。
しかし、そうでありながら、このような基本的スタンスの違いによって、国際社会からもとめられている具体的貢献策をわが国がめざす国際秩序のビジョンとともに世界に向かって打ち出せない政治への失望といらたちは、国民の深刻な政治不信をうみだしている。基
本的スタンスの解離を埋める努力を回避することはもはや許されない。
 では、憲法前文が憲法第九条の前提としてわが国の安全保障を信託するとした国連の集団安全保障体制は、戦争、武力の行使、自衛権の行使をどう位置付けているのだろうか。国連憲章は第一次大戦後の戦争違法化プロセスをさらに進化させ、「国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」(国連憲章第二条四項)として、戦意の表明によって開始される国際法上のいわゆる戦
争のみでなく、戦争の形式を含むあらゆる武力行使を対象とし、国連憲章の許容するもの以外はこれを禁じた。
 国連憲章の許容する武力行使とは、@「平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置」(国運憲章第一条)としての軍事的措置(国連憲章第七章第四二条、第五三条)、A国連憲章に反して領土保全や政治的独立を脅かすような違法な「武力攻撃が発生した場合」に、これに抵抗して自衛するための「」個別的又は集団的自衛の固有の権利」の行使(国連憲章第七章第五一条)、
B旧「敵国」の再侵略に備える「強制行動」(国連憲章第五三条、第一〇七条)の三つである。しかも、国連憲章の一般的・統一的な集団安全保障体制は、安全保障理事会が国連憲章に反する違法行為を認定し、武力を集中・独占し、軍事的制裁措置によって侵略を阻止・排除する国際社会の強制機関・法的機関として機能することを前提に、その普遍的な集団安全保障措置が発動されるまでの間に限り、国家の主権の下に発動される自衛権の行使を認め、これを厳しく制御しようとするものである。
 なお、平和維持活動(PKO)は国連憲章上にその規定を明記されていないが、安全保障理事会・総会の決議に基づき、事務総長のカイドラインに従って、事務総長が任命する司令官の直接的な統括の下におこなわれる活動である。加盟国提供の停戦監視団、平和維
持軍の部隊は指揮権限をこの司令官に委ねるのであって、国権の発動たる活動ではなく、一般的・統一的な集団安全保障措置の一環である。しかも、それは国連憲章第四二条の軍事的強制措置とは異なり、停戦後に、当事国の同意、中立、非強制を原則とし、武力行使を任務・目的とすることなく(ただ一例、コンゴにおいては途中からこの任務を付与したことがあるが、その後はなく、また部隊を提供する際の事前の国連との合意に基づいて撤退する権利を確保できる。停戦監視団は非武装、平和維持軍は小火器を携行するが白衛のためのみにしか使用を許されない,)、兵力引き離し、
緩衝地帯の確保、停戦監視などを通じて紛争の再発防止し、紛争の平和的解決や戦後復興に資する目的をもつものである、
 すてにみたように、『マッカーサ ノート』に記された戦争放棄の原則のうち、わが国の安全を国連の集団安全保障体制に信託するとした部分(「日本は、
防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる」)は、憲法前文第二段(「」日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」)に結実し、戦争放棄・戦力不保持の部分(「国権の発動たる戦争は廃止する。日本は、紛争のための手段としての戦争・・・・をも放棄する。・・・日本が陸海空軍をもっ権能は、将来も与えられる事なく、交戦権が日本軍に与えられる事もない。」)は憲法第九条に受け継がれた。憲法前文の国連集団安全保障体制は憲法第几条の戦争放棄・戦力保持の不可欠の前提てあり、両者は不可分の関係にあり、この二つの条文が一体となってわが国の安全を全うしようとするものであることは明らかである。

7 憲法第九条は自衛を禁じたか
 わが党といえども、わが国が国家に固有の自衛権を保持していることについては一度も否定したことはない。では憲法前文と憲法第九条はなにを禁じ、いかなる自衛権の行使を許容しているのか。
 憲法改正を指示した米国の『SWNCC−二二八』は、日本の統治体制の改革の「問題点に対する考察」の項のなかで、「政府の文官部門は軍部に優越することを規定するよう改正されるべきこと」とし、「結論」において「天皇は・・・軍事に関する権能を、すべて剥奪されること」という指針を提示していた、すなわち、米国政府は戦争放棄・戦力不保持について何らの指示を示さず、逆に軍の存在する場合を想定したシビリアン・コントロールを要求したものであり、日本から送付された『憲法改正草案要綱』の戦争放棄条項に驚嘆したと伝えられる。一方、憲法問題担当の総司令部民生局法規課長ラウエルは、『』マッカサー ・ノート』が作成される前に準備的研究において「軍備の量の決定」を「立法府が専属的権限を有すべき事項」とするよう提案していた。
 このように米国政府、総司令部民生顔のスタッフは戦争放棄・戦力不保持の規定を考えていなかったのである。さらに注目すべきは、『マッカサー ノート』の戦争放棄原則は「国権の発動」や「紛争解決のための手段」としての戦争のみでなく、「自己の安全を保
持するための手段としての戦争をも放棄する」としてきたが、民生局のスタッフは『総司令部案』立案の過程でこの部分を一切排除し、この文言は『総司令部案』(総司令部が日本政府に提示した最初の案)から『三月二日案』(総司令部に対する日本政府の修正案)、
 『憲法改正草案要綱』(閣議決定案)、『憲法改正草案』〔帝国議会提出案)、『改正案』(帝国議会提出案)にいたるいずれの段階においても復活されることはなかった。
 ホイットニー 局長の下で実務責任者として運営委員会を統括しつつ戦争放棄条項の作成にあたったチャールズ・ケーディス次長は、マッカサー の第二原則の「単に戦争放棄だけでなく、自衛の場合においても」一切の武力放棄を唱えた」の部分が「あまりに非現実的だと考え、マッカーサー元帥の許可をとることなく独断で削除することにした」,この自衛のための手段の放棄の条項を削除した案はマッカサーの承認を得て日本側に提示されており、マッカーサー自身、「本条は、もっぱら外国への侵略を対象としたものであり世界に対する精神的なリーダーシップを与えようと意図したものである」こと、「憲法第九条のいかなる規定でも、国の安全を保持するために必要なすべての措置をとることを妨げるものではない」ことを後に明らかにした(憲法調査会員への書簡)。このように憲法制定過程で国連憲章にも明記された集団安全保障体制の下での、「自衛・抵抗」の権利が保持されたものである。
 また、憲法制定議会の衆議院審議において、憲法改正案特別委員会小委員会の芦田均は憲法第九条二項の冒頭に「前項の目的を達成するため」という文言を加える修正を行った。
 当時、総司今部内では民生局の憲法起草メンバーであったピークとホイットニー局長が、このいわゆる芦田修正が「日本のディフェンス・フォースを保持しえることを意味する」と理解した(憲法調査会議事録)。
すでに、民生局のスタッフにおいては、憲法第九条は自衛のための措置を、禁ずるものでないことが明確となっており、その趣旨が解釈上より明瞭になることに異議はなかった。
 その芦田修正と時を同じくして、総司令部は極東委員会の要請でもあるとして、いわゆる文民条項(憲法第六六条)を挿入するよう政府に申し入れを行い、政府も同条項挿入の理由として「憲法第九条の修正にからみ、北と南から反対が出て」いるため、との説明を
行った。極東委員会の関係者は芦田修正によって将来文民でない者、すなわち軍人が生まれる可能性が生じたとみて、シビリアン・コントロールの原則の挿入を要求したものである。こうした経過から、この憲法第六六条の「文民」とは「武官の職歴を有しない者」を
いうのではなく、現に軍人であるもの以外の者を指す者であることは当時の関係者の一致した見解であった。,
 こうして最終的にまとめられた『憲法改正草案要綱』を発表した直後にマッカーサー自身が憲法第九条の意義を、「日本がその憲法によって一方的に達成しよぅと提案する国家主権の行使としての戦争の・放棄ということを、もしすべての国家を通じて実現させることができるなら、国際連合の機構の永続的な意図と目的とを成就せしめることになるてあろぅ。戦争放棄は、同時的かつ普遍的でなければならない。それは全部か、しからずんば無である一と述べた(一九四六年四月五日対日理事会演説)。こぅしてマッカーサーは「自衛・抵抗」の権利を残す一方、国際紛争解決の手段としての[戦争放棄と戦力不保持」を規定した日本国憲法第九条は日本のみの一方的宣言でなく、各国が国連憲章にそって一的軍縮に対応した日本と同様の措置をとることが、世界平和実現の不可欠の条件であること
を明確にした。
 憲法第九条もまた国連の集団安全保障機構の下での国際性・相互性を基礎とするものであることを改めて
感銘闡明したものである。

8 憲法はいかなる自衛権の行使を許容しているか
 すてにみたように、わが国憲法前文も、国連憲章における戦争違法化を前提として、国連の一般的・統一的な集団安全保障体制にわが国の「安全と生存の保持」を信託した。
 そして国連の集団安全保障の枠組みの下に達成される「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」(憲法第九条一項)することを表明したのである。
 そして、憲法はこの安全保障体制の基盤のうえに、国連憲章の「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない」、「国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかな
る国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない(国連憲章第二条三項、同四項)との戦争違法化と武力行使の制約という要請に応えて、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(憲法第九条一項)と宣言したのである、こうして憲法は、国際紛争を解決する手段としての戦争と武力行使を禁じ、国連憲章で許容された国権の発動ではない国連の指揮する軍事的制裁措置としての武力行使は(国連憲章第四二条)と国際紛争を解決する手段ではなく武力攻撃を受けて、自らを守るために発動する個別的自衛権の行使(国連憲章第五一条)のみを容認したのである。
 すでに明らかなように国連の集団安全保障体制の下では、自衛権にも厳しい制約が課せられる。すなわち、単なる国際法上の違法な行為によって重大な利益を害された場合にも武力行使できるとされた自力救済の権利としての自衛権は否認された。国連憲章は、自衛権の行使について、「@現に武力攻撃が発生した場合、A安全保障理事会が必要な措置を取るまでの間に限り、B自衛権の行使にあたって加盟国がとった措置は直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」(国連憲章第五一条)などの義務を課して、その発動に厳しい条件を付け、態様を監視することによって、各国の主権のもとでの武力行使であ自衛権の乱用を極力抑制・制御しようとしている。
 従って、わが国は、憲法によって国連がその集団安全保障体制の枠組みにおいて許容する自衛権の行使を厳格に位置付けることとともに、一般的・統一的な集団安全保障措置としての国連指揮下の制裁措置について憲法の下で積極的な貢献をすることが可能である。
9司法はいかなる判断を下したか
   裁判所は以上のような国連憲章と憲法の相互関係、国連の集団安全保障にわが国の生存と安全を信託した憲法前文とその集団的安全保障措置を前提として、極めて制約された自衛権行使を定めた憲法第九条の相互関係を踏まえる判決を積み重ねてきた。
  『最高裁砂川事件上告判決』は、憲法前文の国際協調主義と平和的生存権と憲法第九条の背景である反軍国主義、恒久平和主義の相関関係を踏まえたうえで、憲法第九条によって「わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではない」のてあり、「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」との判断を示した。
 そして同判決は、「日本国民は、憲法弟九条二項により、同項にいわゆる戦力は保持しないけれども、これによって生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文のいわゆる平和を愛好する諸国民の構成と信義に信頼することによって補い、それらをもってわれら
の安全と生存を保持しようと決意した」のてあり、それは必ずしも、国連の軍事的安全保障措置等に限定されず、「わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達成するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と
認められるものを選ぶことができる」として、日米安保条約のように個別の条約によって他国に安全保障を 求めることを禁じていないと断じたのである。ここには、戦後冷戦の深化による国連の安全保障体制の空洞化を踏まえたリアルな認識がある。
 また、同判決は以上のような憲法第九条の趣旨に基づいて、憲法第九条項は「いわゆる侵略戦争」を「永久に放棄することを定めた」ものであり、憲法第九条二項の法意はわが国が、「いわゆる戦力を保持し、自らその主体となってこれに指揮権、管理権を行使す
ることにより」永久に放棄したはずの「いわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためである」との解釈を明示した。判決は憲法が「いわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否は別」であるとして、「自衛のための戦力」保持に
ついてはその積極的な合憲性の判断を保留しているものの、以上のような憲法前文を踏まえた憲法第九条の趣旨の判定からして、最高裁は憲法第九条二項で禁じた侵略戦争を引き起こすいわゆる戦力の保持以外の、自衛権を担保する防衛・抵抗のための自衛措置が憲法
に禁じられたものでないとの立場に立っていると推定できる。
10 違憲判決はいかなる防備・抵抗を提示しているのか
 ところで、戦後これまでに安保・自衛隊違憲判決を司法部が下したのは、『東京地裁砂川事件一審判決』(五九年三月)とI『札幌地裁長沼訴訟第一審判決』(七二年九月)だが、しかし、これらの判決は憲法が、「無防備・無抵抗」を定めたものではないことを確認するものとなっている。
  『東京地裁砂川事件一審判決』は、憲法前文についてつぎのような解釈を示していることに注目しなければならない。憲法第九条の規定は、「わが国国民が『恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想(国連憲章もその目標としている世界平和のための国際協力の理想)を深く自覚』(憲法前文第二段)した結果、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう』(憲法前文第二段)とする、即ち戦争を国際平和団体に対する犯罪とし、その団体の国際警察軍による軍事的措置等、現実的には・・・国際平和団体を目指している国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等を最低線として、これによってわが国の安全と生存を保持しようとする決意に基づくもの」である、とする解釈である。
 政党として注目すべきは次の点にある。第一に、同判決が憲法は無防備・無抵抗や非軍事を規定したものでなく、憲法前文第二段はわが国の安全と生存を国連の集団安全保障措置・軍事的制裁措置によって確保しようとする決意の表明であると明確に捉えていること
である。そのうえで同判決は、憲法第九条によってわが国が自らの自衛権行使を厳しく制約(自衛のための戦力・戦争の禁止)したことと、憲法前文に表明された国連の集団的安全保障措置・軍事措置による防備・抵抗措置との相関関係を明らかにしているのである。
この両者の相関関係を認めることは、国連の集団安全保障体制が、わが国の生存と安全を保障する機能の現実(限界)に対応して、認められたわが国固有の権利としての自衛権の具体的な行使の態様(防備・抵抗の自衛措置)を政策的に決定しなければならないことを
示唆している。『札幌地裁長沼訴訟第一審判決』は、『東京地裁砂川事件一審判決』の自衛戦争禁止論をさらに厳密に説明しようとしている。判決は、憲法第九条一項の「国際紛争を解決する手段として」という文言の意味について、「およそ一切の国際紛争を意味す
るものとして憲法は憲法第九条一項で、自衛、制裁戦
争を含むいかなる戦争をも放棄したとする立場もあるが」、「『国際紛争を解決する手段として放棄される戦争』とは、不法な戦争、つまり侵略戦争を意味する」とし、「従って、憲法第九条第一項では、まだ自衛戦争、制裁戦争までは放棄していない」との判断を明ら
かにしている。判決はその論拠として、この文言が一九二八年の『不戦条約』にもみられ、「当然に自衛、制裁戦争を除いた不法な戦争、すなわち侵略戦争を意味すると解されており、その後、国際連盟規約、国際連合憲章(国連憲章)でも、同じ考えをしている」こ
とをあげた。
 憲法第九条二項の戦力不保持と交戦権の放棄が、「芦田修正」によって判決のような無条件の戦力・交戦権の禁止の規定ではなく、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」(憲法第九条一項)する目的を達成するための、侵略戦争や侵略的武力行使・威嚇
手段として使用され行使される戦力保持の禁止の規定であり交戦権の放棄の規定であることは、憲法制定過程で明らかである。
 だが、政党として注目すべきは、判決が憲法の戦争放棄規定を条文の文言のみによる解釈ではなく、国連憲章に結実した国際法上の戦争違法化の歴史的な概念の下に定義づけようとしている点てある。それはこの立場に立つことによって、国際法における戦争違法化
のプロセスによって違法とされていた戦争と武力行使、現代における自衛権の意味、自衛権行使の手段に課せられた制約、そして憲法が容認する自衛・抵抗の措置の範囲、枠組みが明らかになるからである。
 判決は、「固有の自衛権」の行使は「直ちに軍事力による自衛に直結しなければならないものではない」として、非軍事的な自衛権行使の手段として「国内の治安維持を目的とする警察がこれを排除する方法、衆が武器をもって抵抗する群民蜂起の方法もあり、さ
らに、侵略国民の財産没収とか、国外追放といった例」をあげ、今後とも「非軍事的な自衛・抵抗」に「数多くの種類と方法が見いだされていく」と予測している..
また、「国際連合も、・・・いくつかの国際紛争において、適切な警察行動をとり、双方の衝突を未然に防止できた」とし、国連の集団安全保障措置をこうした軍事力による自衛を否定しうる現実的根拠のIつとしてあげている。
 ここで掲げられた非軍事的手段は、侵略に対する国民的な総力をあげた撃退手段として否定し排除されるべきものではないが、これらの非軍事的手段の行使は全国民の強烈な自衛・抵抗の意志を必要とするとともに、これのみをもって軍事侵略の阻止・撃退する手段
としてもいかほどの効果をあげうるかは、チェコやハンガリーの人民反乱やイスラエル・パレスチナ紛争などの具体例を指摘するまでもなく、その多大な犠牲とともに過去の歴史的事実が厳しい教訓を残している。
また、九〇年における国際情勢の変化のなかで国連に対する期待が高まっていることは事実としても、その集団安全保障体制が戦後どれほど侵略阻止・撃退に有効に機能したか、また今後機能しうるかについて、冷静な評価が必要であろう。
 だがこれらの難点はともかく、われわれは、判決が無防備・無抵抗ではなく、国運の警察行動とともに、わが国自身による自衛・抵抗の具体的方法を提示しようとしていることに注目しなければならない。
 政党として「国の安全保障の手段として、あたかも一面的な考え方一はとらないが、「国民一人一人の確固とした平和への決意一やコ平和問題の正しい認識」のみで一国の安全が確保されるとしたり、「群民蜂起などの非軍事的自衛・抵抗にのみによって、軍事的侵
略を阻止・撃退し、国民の生命・身体・財産などその生活の安全を守ることができるという、歴史的現実を無視した無責任な考え方はとれない、政党としては自衛権を行使し、侵略を阻止・撃退しうる具体的・現実的な方法を提示しなければならない。

11統治行為をどう考えるべきか
  『東京地裁砂川事件一審判決』(五元年三月)と、
 『札幌地裁長沼訴訟第一審判決』(七三年九月)以外の各級裁判所判決は、一定の憲法解釈を打ち出しつつも、その憲法解釈に照らして日米安保条約および自衛隊に対する合憲・違憲の判断を回避するいわゆる統治行為論を展開している。
 すなわち『砂川事件最高裁判決』では、日米安保条約は「その内容において、主権国としてのわが国の平和と安全、ひいてはわが国の存立の基礎に極めて重大な関係を有するもの」「我が国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するもの」であり、
 「その違憲・合憲的判断と表裏をなくす点がすくなくない」ので、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査には原則的になじまず、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」であるとして判断を回避した。そして、この判断は「第一次的には内閣及びこれに対して承認権を有する国会の判断に従う」ものであり、「最終的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものである」とした。
 また『長沼基地訴訟高裁判決』の「付加見解」は、「立法、行政にかかる国家行為の’中には・・・国の運営の基本に疆する国政上の本質的事項に関する行為もある」のであり、この種の行為は「国の存立維持に直接影響を生じ、最も妥当な政策を採用するには高度の
政治判断を要する」として、三権分立の原則の下における立法及び行政作用と司法作用との間の本質的相違及び統治事項の内容を指摘した。そして、このような統治事項に関する国家行為は、大前提となる憲法その他の法規の規定内容及び小前提となる当該国家行為の
性質がともに一義的に明瞭であり、「一覧極めて明白に違憲違法と認められない限り乙統治行為として司法審査権の範囲外にあるとの判断を示し、統治行為一般に対する司法審査権の限界を提示した。そのうえで、国防政策の「選択は、高度の専門技術的判断とともに、
高度の政治判断を要する最も基本的な国の政策決定」であるが、この政策を決定する立法・行政行為は、統治事項に関する行為であって、一見極めて明白に違憲、違法と認められるものでない限り、司法審査の対象ではない」と述べて、『最高裁砂川事件上告審判決』のいわゆる『一見明白論」を踏襲している。
 しかし、同判決は、憲法第九条一項が侵略的なものについては「一義的・明瞭に」これを禁止し「侵略のための陸海空軍その他の戦力の保持を禁じていることは一見明白である」とし、自衛隊法が予定する、あるいは自衛隊の行政運用の実態であるところの「自衛隊
の目的、組織、編成、装備等が侵略的なものであると一見極めて明白に認められる」ときは、裁判所は司法判断の対象とし違憲の判断をすベきとした。ところが、憲法第九条二項が自衛のための軍隊やその他の戦力の保持を禁じているか否かの解釈には、合理性のある違憲・合憲の複数解釈があることを根拠に、この憲法第
九条一一項か一義的・明瞭には規定されていないし、一方で自衛隊法および自衛隊の設置運営も一義的・明瞭に侵略的だとはいえないとの判断を示している。
 そして、自衛隊法については「その設定する目的の限りではもっぱら自衛のためであることが明らかである」が、「行政運用の実体である自衛隊の目的、組織編成、装備等その実態」が『侵略戦争のためのものであるか否かは揚げられた右目的だけから・判断すべきでない」この見解を示した。そしてその.「戦争遂行能力が「明らかに侵略に足る程度に至っている者であるか否かは」は広く「客観的にわが国の戦争遂行能力が諸国との対比において・・・判断すべき」であるが、「戦争遂行能刀の比較は、その国の軍備ないし戦力を構成する個々の組織、編成、装備のみならず、そこ経済力、地理的条件、他の諸国の戦争遂行能力等各種要素を将来の展望を含め、広く、高度の専門技術的見地から相関的に評価すべきであると結論つけているのである。
  『百里基地訴訟地裁判決』もまた、『長沼基地訴訟高裁判決』の三権分立における司法権の限界から統治行為論を説き起こしている。すなわち「違憲立法審査といえどもあくまで司法権の作用として認められたにとどまり・・・憲法の三権分立の主眼は、一つの権力が他の権力を完全に支配し制約することは認められず、その基盤には、国民主権の根本原理が存在する」のであり、[国家統治の基本に触れる高度に政治性のある国家行為は・・・国民に対して政治責任を負う内閣または国会の権限に留保され、最終的には国民の批判と監視のもとに解決されるのを適当とする」との見解を示した。この司法権に対する制約は「三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、、裁判所の司法機関しての本来の役割、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ」司法権の「本質に内在する制約である」であると断じて、『最高裁砂川事件上告審判決」こいわゆる「一見明白論」を踏襲している。さらに『百里基地訴訟二番判決』は、憲法第九条は裁判規範であって法令、処分等合憲性の判断基準となるとしつつも、同条の解釈について見解が分かれ、
国民の間に客観的・一義的な意見が醸成されることを望みえないとの判断を示している。
12
司法の判決が提起する政党の責務はなにか

以上のように、司法部は『最高裁砂川事件上告審判決』以降、二つの判決を除く各紙裁判所の判決において、@憲法第九条は国際協調主義を掲げた憲法前文と密接な相互関係をもつ、A憲法前文と憲法第九条の意義から独立国家たるわが国が主権国固有の自衛権を保
持する、B憲法は無防備無抵抗を定めたものでなく必要な自衛のための措置をとりうる、C憲法第九条によるわが国の防衛力は、憲法前文にいう「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼すること」すなわち「国連の軍事的安全措置」その他のふさわしい方式との相互
補完関係にあり、前者の不足は後者で補なう、D憲法第九条一項はいわゆる侵略戦争と侵略的な武力による威嚇ないし武力の行使の放棄を定めている、E憲法第九条二項は侵略戦争と侵略的な武力による威嚇ないし武力の行使の手段としてのいわゆる戦力を禁じている
ことは明らかである、F侵略戦争と侵略的な武力行使・威嚇をすることのないような範囲で、わが国の指揮権・管理権下の自衛のための措置をとりえる−との見解を積み重ねてきたのである。
 また、現在の司法部の到達点は、このような合憲性の判断基準となる憲法解釈を示しつつも、@一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り合憲性の法的判断は司法審査権の範囲外であり、この判断は内閣、国会そして最終的に国民の政治的判断に委ねられ
る、A合憲詮の判断は、自衛隊法のみならず、自衛隊の目的、組織、編成装備等その他行政運用の実態をも検証の対象とすべきである、B侵略を阻止し排除するための必要な限度においての自衛権の行使、及びこの自衛権行使のため有効適切な組織、整備が判断の基準
となるとして、合憲性の判断を最終的に国民に委ねている。
 この統治行為論についてわれわれは以下のような留保条件を付けねばならない。安全保障政策は国際情勢の判断や脅威の認定と不可分一体であり、これらの判断や認定を基礎として自衛隊と日米安保条約の防衛手段の形態、規模、戦略等の運用実態が決定される。
 最高裁の砂川上告審判決とその後の司法部の判決は、憲法前文と憲法第九条の法意をほぼ明確にしており、その限りで、安全保障政策、自衛隊法と日米安保条約のみならず、運用実態について一定の判断をなしうる。,
 しかし、われわれは国際情勢の判断や脅威の認定などの妥当性、これらの判断や認定と防衛手段の形態・規模・戦略等の運用実態の一貫性については、行政・立法部門の政治問題であり、司法部の審査・判断の及ばないことを認め、以下のような政党・国会・政府の
責務を認識する。すなわち、自衛隊の形態・規模・戦略等の運用実態が、憲法の許容する制約された自衛権行使の範囲内にあるか否か、たとえば現下の国際情勢、脅威の態様はいかなるものであり、それらに照らして、その戦略が専守防衛の範囲内にあるか、また組織、編成、装備は専守防衛に適合しているか、を検討し判断する責務は、政府、国会にあり、つまり政党にあり、その妥当性は、最終的には国民の審判をうけることによって明らかにされると考える。
 従って「護憲の党」を掲げるわが党は、憲法第八十一条に基づく合憲性審査の権限を有する最高裁判所の判断を尊重し、これを踏まえたわが国の安全保障体制を国民的監視と合意を得ながら確立しなければならない。
そして憲法によって託されたこの重責を果たすために、高度の専門性を有する個々の安全保障・防衛政策に対する憲法判断は、一次的には内閣に委ねられ、さらに国会、そして最終的には国民の判斯によらねばならないとのこれまでの司法の判断を踏まえて、今日までの政府・自民党による防衛諸政策とそれによって形成された自衛隊や日米安保体制を含むわが国の防衛体制に関する、わが党の判断を明らかにしなければならない。
そのために、わが国の防衛体制が「自衛権行使のために必要な限度において有効適切な自衛のための措置」であるか否かを、安全保障政策の前提となる国際情勢認識と脅威の認定、それに基づく防衛手段の運用実態を含めて国民と共に検証することが必要である。
 そして、今日の最終審判断にもとづいて、憲法に立脚し、より一有効適切な自衛のための防衛・抵抗の措置をになう実力組織である自衛隊のあり方と、それを補完する日米安保条約の運用のあり方、軍備管理・軍縮と地域的集団安全保障体制構築の筋道、国連の集
団安全保障体制の強化策、すなわち政府・自民党の防衛政策に代わりうる代替的安全保障政策を国民の前に提示することによって、国民合意の「共通の外交・防
衛政策」を積極的に形成しなければならない。
13 安全保障政策の三つの枠組みと政策的分岐点
 以上でで明らかなとおり、国民合意の安全保障政策を確立するにあたって、政権党をめざすわれわれが乗り越えなければならない基本問題がある。それはわが党の「非武装]=「絶対平和主義」、「中立」=「一国平和主義」の「基本理念」と、日米安保条約・自衛隊の否定、解消の基本政策の見直しである。すでに見たように基本政策転換の視座は社会主義インターの綱領的宣言とわが国憲法によって指し示されている。

∇わが国安全保障政策の三つの枠組み
              
 わが国の安全保障は基本的人権と自由、複数政党主義に基づく多元的民主主義、経済的自由と市場経済、社会的正義、これらの自由と民主主義を求める人々との国際的連帯の基本的諸価値に裏付けられた「新しい自由と民主主義の下での平和」の確保を目的とする。

わが国の安全保障政策はこの目的を達成するために、@国連による一般的・統一的な集団安全保障、Aアジア・太平洋の地域的集団安全保障、Bわが国の領域の防衛の重層的構造の再編・強化を基本方針とする,
 しかし、この三つの枠組み、とりわけ前二項のそれぞれにおいてわが国か積極的なイニシアチブを発揮することのできる条件は、国際情勢の展開に大きく左右され、また戦後秩序の下で形成された内外の障害を乗り越えなければならず、相当長期のプロセスが必要で
ある。さらに、これら三つの枠組みは、見通しえる将来にわたって、一つのシステムの強化が他のシステムを不要とするような相互代替的な関係ではなく、対象地域、対象事態を異にするシステムが相互に他のシステムを補強する相互補完的な関係にあることに留意し
なければならない。
 当然、国連軍の結成を想定している国連憲章においても、その強制措置が発動されるまでの間、個別的・集団的自衛権をもって侵略に対処することを容認していることに留意しなければならない。もとより、各国が自らの軍備を完全に撤廃し、あげて国連の集団安全
保障措置に自国の安全を委ね、国連のみが文字どおりその国際社会の武力を独占・集中する強制機関・法的機構となる全面完全軍縮が達成されたあかつきには、わが国も自衛隊を解消して、国連軍への参加部隊のみを提供することになる(九〇年全国政策研究会集会提出の党安保自衛隊軍縮政策委員会報告『平和の創造’一
参照)。この三つの枠組みは、社会主義インターの安全保障の枠組みとも重なりあい、国民合意の「共通の外交・防衛政策」の形成のための社会民主主義勢力の共通のテーブルを用意することになる。

∇安全保障政策の三つの方針
 
 従って、第一に、グローバルな紛争に対処するために、国連の平和維持活動(PKO)、軍事的制裁措置を集団的自衛権の行使とは異なる一般的・統一的な集団安全保障措置と位置付けて積極的に参画する。
 第二に、アジア・太平洋の地域覇権主義の台頭を抑止するために、アジア・太平洋の地域の地域的・軍事的特質に適合した二国間、多国間の信頼醸成措置・軍備管理・軍縮を積み重ねつつ、この地域の安定的発展における米国のコミットメントの意義を確認しその役
割を確定して、日米同盟関係の再編と地域的集団安全保障の枠組みづくりを追求する。
 第三に、「新しい自由と民主主義の下でのわが国の
平和」を確保することによって地域の軍事的安定とグローバルな経済発展に寄与するために、ユーラシア大陸の周辺に位置する島嶼国家にふさわしい自衛のための適切な独白対処能力を構築する。
 この三つの基本方針に基づいて、わが国の国際的な貢献、すなわち安定的な国際安全保障体制の確立のために積極的なイニシアチブを発揮する。
∇政権党を自指す政策的分岐点
  
 この安全保障政策の三つの基本方針を確立するための過去の具体政策との分岐点は、
 第一には、「非軍事.文民」原則に固執し、「国際的兵役拒否」と称して国連の指揮下の平和維持活動(PKO)の中軸的活動である停戦監視団・平和維持軍への全面参加を拒否し、国連による軍事的制裁措置に対する局外中立的立場をとるのか、それとも、「非軍事・文民」原則を見直し、一般的統一的な集団安全保障に関する憲法上の位置付けを明確にして(国連憲章と憲法の関連を再確認して合憲判断を下す)、これへの全面参加の論理的枠組みを国民に提示し、平和維持活動(PKO)や国連による軍事的制裁措置に参画を
するための国民合意の政策選択を求めるのか、である。
 第二には、アジア’太平洋地域の戦略特性を無視し、米軍の前方展開や海洋核のみを対象とした一方的軍縮を提起することによって地域の安定を破壊するのか、それとも、この地域の複数の対峙関係を考慮した着実な信頼醸成措置の積み重ね、より均衡破壊的な軍備の削減や低レベルの軍事的均衡によって地域の安定を目指すのか。また、「日米安保条約の当面存続」といいつつ、日米共同訓練の中止などを求めて、日米安保条約の実質的空洞化と事実上の一方的廃棄を提唱するのか、それとも、わが国及びアジア・太平洋地域の安全と安定的発展のために、複合的機能を有する日米安保条約の運用見直しによって、日米同盟関係の再編と日米安保条約の機能の制御・活用の筋道を見出すのか、
である。
 第三には、「自衛隊の任務を領土・領海・領空に厳しく限定する」としつつ、違憲法的存在論を唱えて自衛のための実力組織の存在自体を全面否定し、自衛隊の段階的解消を目指すのか、それとも、国連憲章と憲法が許容する厳しい制約を課した自衛権の行使を容認
する、自衛のための実力組織の一条伴つき・限定的な合憲論」に立脚し、シビリアンコントロールと非攻撃的な戦略(専守防衛)・運用・編成・装偏に基づく自衛隊の在り方を提起して、国民合意の防衛政策を確立するのか、である。
posted by カキシャン at 14:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

完勝E 完勝の根拠

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安全保障懇談会の提言内容は、カキシャンが社会党代議士であったときの1990年から1991年にかけて発表した論文とほぼ一致しています。

こうした代議士時代の論文は、 1994年(平成6年)6月に発行した「前社会党議員が、なぜ新・新党へいくのか」という小冊子の中に収録されています。

その内容の殆どは、既にこのブログに掲載していますが、今回の「完勝」シリーズを書くにあたって改めて記録しておきます。

まずは、小冊子の体裁と目次から。
posted by カキシャン at 03:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

完勝D 朝日はおちこぼれるか?

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朝日は、反自民・反政府で、野党寄りと見られていますが、安全保障となるとさっぱりで、与党や民主党から見ても、もはや犬の糞程度の扱いしかされていません。

そんな朝日ですから、安全保障懇談会の提言報道でも、扱いが最も小さく、嫌々ながらの感じが見え見えです。

記事でも当然のごとく、まったく集団的安全保障については触れていません。

こんなことでは、近い将来民主党政府ができても、親政府論調をはれず、かといって野党となった自民からも相手にされないでしょうから社民・共産とお付き合いするしか方法がなくなります。

朝日の凋落を予想します。普通の朝日の記者は普通の人が多いのですが、頑固な守旧が実権を握っているのがこうした姿勢の元凶のようですし、凋落をあじわわないとこの新聞の安保に関する姿勢を改めることは無理でしょう。
posted by カキシャン at 12:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする